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淫フィールドフライ

アクセスすなーーーーーっ!!

カスと化す

僕はこの記事を本日2回目の登校途中の電車内で書いている。


こんな稚拙な文を隣の乗客に見られないよう明るさを最小限に抑えたモニターには、さわやかな秋晴れの青空が流れていくの様子が写っている。
この景色も捨てたもんではない。電車通学に飽き始めた時期にはありがたい発見だった。

なぜ僕がこんなに感傷的になっているかというと、授業をサボったからだ。正確にはサボらざるを得なかった、というべきか。
今日提出期限の有機化学のプリントを家に忘れてしまい、1限に出席した後にすぐに取りに帰ったからだ。
それに伴い、僕は2限と3限の講義をサボった。出席したことにするために友達に学生証を託し、すぐさま帰りの電車に乗った。時間が時間なので端っこの席にすぐ座れた。

大事な講義をサボった罪悪感と提出物を忘れた焦燥感は、学校を後にした直後こそあったものの、電車に揺られているうちにどこかへ行ってしまった。
こんな時間からゆったりと寝られるとは、世の中悪いことばかりではないなと考えたりしながらウトウトしていた。

いいのだろうか。講義をサボった人間が端っこの席に座ってしまって。
いいのだろうか。ポカポカ陽気を浴びながら寝てしまって。

僕は講義をサボった極悪人である。高い学費を払ってもらっていながら家と大学を2往復することで1日を終わらせる。これは許されるのだろうか?
講義をサボって大学を出てから現在までの行動を振り返ってみた。

講義をサボった僕に対して、車の運転手は道を譲ってくれる。
講義をサボった僕に対して、電車は何も咎めず乗車を許してくれる。
講義をサボった僕に対して、女子高生は制服姿で歩いている。

なんと素晴らしい世の中だろう!許されざる行為を働いているのにもかかわらず、世界は俺を俺として認識してくれている。
この世界のすべての人とモノが、「サボタージュは悪いことではない」と囁いている。

無限大な幸福感に包まれながら家に帰り、プリントをカバンに入れ、また登校する。そして今に至っている。

 

これ、単位落としたな。